秦野和浩氏の略歴

1965年生まれの秦野和浩氏は、星薬科大学卒業後、25歳の時に、皮膚科向けの医薬品大手だったマルホ会社に入社後、メディラックインターナショナル株式会社を経て、33歳の時に藤沢薬品工業株式会社(現アウテラス製薬会社)の開発本部に在籍、世界的ヒット商品となったFK506(免疫抑制剤「タクロリムス」)の開発で携わりました。2005年に株式会社リニカル設立後、代表取締役社長に就任します。旧藤沢薬品工業にて新薬の開発に深くで関わったプロフェッショナルを含めた9人が、旧山之内製薬との合併を機にスピンアウトした事により、大手の製薬会社の開発担当と同等の能力を有した人材が集まり、それが同社の強みのひとつです。

旧藤沢薬品時代からの「医薬品開発とはダイレクトに人命に関わる仕事」という意識を常に忘れずに、どんな立場の相手を前にしてもで、意見を交し合える環境が、合併により失ってしまうかも知れないという危機感から、新天地である場所を自らの手で作りました。製薬会社のカタチをとらなくても、医薬品開発のコンサルティング機関としての新しい立場から、社会に貢献できる筈だという強い信念を持ってリニカルを創業しました。同社は2008年株式上場を果たしましたが、IPO(株式公開)は成長過程の一部に過ぎないと秦野代表は考えます。大手製薬会社と開発マインドを共有し、薬を待つ患者の側に立ち、日々医薬品開発の為に尽力しています。

秦野和浩氏を占い鑑定

リニカル社長・秦野和浩氏を、占いで鑑定しました。

運勢占いの結果

2005年に設立した大阪市に本社を置く株式会社リニカルの代表である秦野和浩氏を、姓名判断の鑑定してみると、家系が持つ宿命的な運勢を表す天運は、苗字「秦野」が21画で大吉数です。統率力があり、独立し成功、名誉を手に入れます。名前「和浩」が19画の地運によると病気に注意、挫折や障害が多いと出ています。歳を重ねると無理をしないでゆっくり休息をとらなくてはいけません。地運の数字は個人差があり中年期まで影響を受ける場合もあるので注意すべきです。主たる事業内容は、製薬会社の医薬品開発における治験の一部を受託するCRO事業(治験)を展開しています。「野」と「和」人運は19画で、苦労し、病気に注意とあります。

苗字の上の文字「秦」と名前の下の文字「浩」を足すと21画の外運です。大吉数で、生活面を象徴し、外部からの影響力を表します。統率力があり独立し、名誉を手に入れます。様々な出会いによって周囲のサポートされ、医薬品開発のコンサルティング機関として、製薬会社の形態をとらずに新しい立場で医療の世界に貢献しています。大手製薬会社の合併を機に、スピンアウトしたプロ集団によって秦野氏が創業したリニカルは、大手製薬会社に特化して取引し、同業他社との差別化を図っています。フルネームは40画の総運です。誠実で思慮深いが、物事に固執してトラブルが多く、外見は温和で社交的、実は自信家で計算高く、処世術次第で変わります。

秦野和浩氏を姓名判断

秦野和浩さんは即断即決の人です。直観力が冴え渡っていて、自分のインスピレーションで物事を判断するので、迷いなく即座に決断を下します。直感由来の分析力に優れています。相手が今何を考え感じているのかを見通す覚りのようなところがあります。自分の感情に素直で裏表のない人です。それだけに強情で直情的な部分もあり、多少の偏屈さもあるので、上記の特性と合わせて「とっつき難い」「侮れない」と周囲に捉えられます。しかし同時に、意志の強固さからくる強気な態度と、前述の決断の早さ・感の鋭さで一目おかれる存在でもあります。

感情をコントロールすることが苦手なので、他人への接し方が極端になりがちです。気に入った人にはとことん打ち解け、忠誠心や愛情を以って尽くしますが、嫌いな人は顔もみたくないという具合です。この部分は改善するように意識するよりも、いっそのことその直感力を最大限に発揮できる職業や立ち位置を見つけ出した方が上手くいくでしょう。周囲の人を世話する状況に立たされやすく、経済的な面で苦労しがちです。金銭感覚に優れていてやりくり上手なので、困難な状況に陥る時期があったとしても上手く適応してやっていくことができるでしょう。